狩猟ではシカ・イノシシ害が減らない証拠
少し古い資料になりますが、「シカ・イノシシを駆除しても農業被害は減らない」ことを示す良い証拠があります。
これから掲載するのは、私の住む地域の現職市会議員が全戸に配布した広報チラシの一部です。
今回はこの市議個人の話ではありませんので、市議の名前等は伏せ、引用資料も、市が公表している数字+政策部分以外はモザイクをかけさせていただきますがご了承ください。
一般公開されている数字であるにもかかわらず、市議広報誌の画像掲載という孫引きのような形をとりましたのは、公平性確保のためです。
つまり、この数字は、私のような動物保護愛護派(狩猟反対派)が都合よく選んだものではなく、その真逆、狩猟推進派が、地域住民のさらなる賛同を得るために作成した表だということです。
野生動物の保護どころか、殺したくてたまらない人々が、自己正当化のために作った資料である点をご留意の上、ご覧ください。
この資料を見た結論から先に申しますと、
【農作物へのシカ・イノシシ被害を防ぐには防獣柵が有効。狩猟(駆除)は効果無し。】
以下、順を追って表を見ていこうと思います。
市は、平成23年(2011年)春、大掛かりな「鳥獣被害総合対策事業」を実施しました。
鳥獣による農作物被害の大きな地域に、申請に応じて無料で防獣柵資材を配布する、というものです。
結果、総延長433kmの防獣柵が設置されました。
配布されたのは、
・鉄製のメッシュ(100cmx200cm、升目10cmまたは15cm)×必要枚数
・鋼鉄製の支柱(200cmx径16mm)×必要本数
・鋼鉄製フック(「し」の字を逆さにしたような形のもので、メッシュを地面に固定するために使う)×必要本数
・ステンレスワイヤー(径0.8mm?0.9mm?どちらか忘れました)x必要な長さ
資材は無料で自治体ごとにまとめて指定場所(公民館前、等)までは運んでくれるが、その後の各農家への分配・農地へ運搬・柵の設置工事は自分達でやってくれ、というものでした。
私の畑もこのときに、それまでの柵を撤去し、市配布の防獣柵に作り替えました。
メッシュフェンスは重量があるので、田畑までの運搬にも設置にもそれなりの労力を必要とします。うちの畑は当時はまだ500平方メートル程度と、現在の数分の一しかありませんでしたが、女一人で全行程を行った結果、2ヶ月程かかりました。
農地が広かったり高齢者しかいない農家では、人を頼んだり、週末ごとに子供や親族を呼び寄せたりと、苦労したようです。
それでも、雪が積もる12月下旬までには、ほぼ全農家が終了しました。
ところで、当地域での”鳥獣害”のほとんどは「シカ・イノシシ・サル・カラス(・アライグマ)」によるものです。中でもシカ・イノシシは体も大きく、被害も両者が過半数となります。
(防獣柵設置時の生物種ごとの細かい被害比率はわかりませんが、令和4年度の被害面積・金額はそれぞれ、シカ約66%・63%、イノシシ約31%・35%です。)
しかしメッシュフェンス型の防獣柵で防げるのは、表にある鳥獣のうち、シカとイノシシだけです。カラス他鳥類はもちろん、サル・クマ、また「その他」に含まれるアライグマ・ハクビシン・ネズミ類・他は、防獣柵を簡単に乗り越え/通り抜けできますから、柵による影響は受けません。
以上の事から、これからは「シカ・イノシシ」に絞って論を進めていきたいと思います。
見やすくするために表から「年度・シカ・イノシシ・被害面積・被害金額」だけを抜き出し、それに「シカ・イノシシ計」を加えました。
年度 (平成) | シカ | イノシシ | 計 | 被害面積 (a) | 被害金額 (千円) | 指数 |
28 | 1,904 | 798 | 2,702 | 2,445 | 18,271 | 18 |
27 | 2,266 | 1,198 | 3,464 | 2,558 | 22,166 | 22 |
26 | 2,218 | 773 | 2,991 | 1,959 | 20,746 | 21 |
25 | 1,336 | 904 | 2,240 | 1,904 | 21,762 | 22 |
24 | 879 | 554 | 1,433 | 2,202 | 21,072 | 21 |
23 | 1,195 | 378 | 1,573 | 6,589 | 66,551 | 67 |
22 | 1,673 | 691 | 2,364 | 7,956 | 99,700 | 100 |
ご覧の通り、防獣柵設置前(平成22年度)の被害指数を100として、工事中の23年度は67、工事終了翌年は21と、1/5近くにまで減少したのがわかります。
防獣柵の効果は絶大といってよいレベルでした。
(注:防獣柵配布は希望農家だけであり、市内の全農地が柵で囲まれたわけではありません。)
防獣柵設置後、市の鳥獣対策の主力は狩猟にシフトしました。
24年度防獣柵設置直後と、捕獲数の多かった27年度を比較しますと、
シカ=879頭→2266頭(約2.5倍)
イノシシ=554頭→1198頭(約2.2倍)
ところが、被害面積・被害金額はともに横ばいで、
指数=21→22。
農家の高齢化に伴い、毎年離農者が増えていることを考えますと、増加傾向にあるというべきかもしれません。
(たとえば、私が当地に移住した1998年、この集落では14戸の農家が耕作していました。2023年現在、私以外に広く耕作している農家はわずか1戸に減ってしまいました。)
市議会の方針は、
・防獣柵の設置は済んだ
→その後駆除数を増やしているのに被害が減らない
→駆除を上回る勢いで野生動物が増えているからだ
→もっと駆除に力をいれなければならない
→同時にジビエにも注力して地域活性化を図ろう
というもののようです。
でも、私は疑問を感じます。
ここから先は私の個人的感想というか、推測になりますのでご注意ください。
私は農業は新参者ですが、市が防獣柵を配布する前に、シカは完全に防げるようになっていましたし、力の強いイノシシについても、適切な資材さえあれば防げると考えていました。
2011年に金属メッシュが配布されたことでその資材が揃い、以来、シカ・イノシシに関する限り、2023年現在まで、ただの一度も侵入されていません。
ですから、たとえ人々のいうようにシカ・イノシシが増加傾向にあるのだとしても(私に言わせれば昭和に減少しすぎた野生動物数がやっと少しずつ復興しはじめたにすぎないのですが)、防獣柵で防げるはずなんです。
にもかかわらず、被害が増えている理由。
それは周囲を見回せば簡単に想像がつきます。
防獣柵のメンテナンスができていないんです。
人力で地中に差し込んだ支柱に、重量のある金属メッシュを、細いワイヤーで結わえ付けただけのつくりです。
ちょっと放置すればたちまち蔦がからみつき、そこに風が吹けば倒れますし、雪も積もりやすくなります。
支柱が浅くても倒れますし、ワイヤーも劣化で切れます。
またツキノワグマがよじ登れば体重で支柱そのものが曲がってしまいます。
先に「ただの一度も侵入されていない」と書きましたが、実は1回だけ、シカに入られたことがありました。
出入り口の扉をウッカリ閉め忘れた時でした。
たったひと晩開いていただけなのに、シカさんが入って歩き回った跡がありました。
その時はまだ畝立て段階で何も植わっていませんでしたので(だから油断もしたのですけれど)、シカの観察眼の鋭さに驚いたものです。
動物たちはそれほど食べる(=生きる)ことに必死だ、ということでもあります。
そんなシカ・イノシシたちが、柵に開放部を見つけて、入らないわけがないじゃありませんか。
なのに、人は柵を立てただけで安心してメンテナンスを怠る。
被害が、一気にではなく、ジワジワと増えているという現象こそ、2011年にたてられた柵がメンテ不足でゆっくりほころび始めている証拠だと思うのです。
私の経験では。
力が強く、掘り返すのが得意なイノシシは、たしかに防御に工夫が要ります。
が、ニホンジカを防ぐのは簡単です。
簡単などころか、日本国内に生息するすべての鳥獣(+虫も)のなかで、その大きさといい、生態といい、性格といい、ニホンジカは最も防ぎやすい動物だと思っています(私の感想です)。
林業界や、電車・車両に衝突する問題については、私は門外漢ですからわかりません。
でも、田畑を守ることについては、もう断言してよいくらいの気持ちです。
シカが入って困るという農家は、シカを本気で防ぐ気がないか、お金をかけたくないだけだろうと。
たしかに防獣柵は無料ではできませんし、設置の労力も必要です。
でも、私が住む市でもやったように、助成金制度のある行政は少なくありません。
無い場合はぜひ相談してください。相談者が増えれば行政も動いてくれるかもしれません。
なお、市の防獣柵は升目10cmまたは15cmのメッシュでした。
小動物は簡単にくぐり抜けてしまいますので、その後、多くの農家が、升目の細かいネットを重ねることで、防ごうとしました。
その作戦自体はよいと思います。
問題は、ポリエチレン等のネットは、金属メッシュ以上に、こまめなメンテナンスが必要だということです。
目の細かいネットは、使われる繊維も細くなります。
当然ながらその分破れやすくなります。
紫外線で劣化しやすいのに自然環境で分解されにくいのも欠点です。
下の写真も近所のものですが、ここの畑のお婆さんは、COVID-19パンデミック前に体調をくずされ、入院?施設に入所?されました。
そしてそのまま、パンデミックの最中にお亡くなりになってしまいました。(コロナ感染ではなかったそうです。)
以来、息子さんが草刈りに通っていらっしゃるとはいうものの、畑は放置されたまま。
メッシュフェンスは問題なく立っていますが、ネットは数年でボロボロ、周辺に破片が散らばっています。
小動物の誤飲や絡みつきが心配です。
シカやクマのような大きな動物は許容範囲も広いでしょうが、ノネズミ・小鳥など体の小さな子たち、ウサギのように体の構造上嘔吐が困難な動物たちにとっては脅威となりかねません。
最後に、もう一度、結論を。
シカ・イノシシによる農作物被害を防ぐには、狩猟(駆除)は効果無し。
防獣柵こそ有効。
ただし、こまめなメンテナンスが必要。
自然界のバランスは非常に繊細で微妙ですが、そこをうまくバランスをとってしまうのが大自然というものです。
われわれ人類が「数を調整」なんておこがましいのです。
殺せばよいってものじゃないんです。
《毛沢東のスズメ》(※下記参照)のような愚挙を繰り返してはなりません。
防獣柵を設置する場合の注意
防獣柵は金属製のフェンスがもっとも効果的です。しかし、コストは繊維製のものより割高になりますし、重量があるため設置は重労働となります。そのためでしょうか、高さのたりない金属フェンスがちらほら見受けられます。
一般に、イノシシ防獣柵は高さとしては地上1.2メートル以上が必要とされています。さらにイノシシは掘る力が強いですから、地中にも0.3メートル以上埋め込むか、柵の手前にL字型に地面に0.5メートル幅に敷く(または斜めに立てかける)ことが推奨されています。(もしアスファルト道路沿いなど、イノシシが掘れない場所に設置する場合はこの対策は不要です。)ニホンジカは掘りませんが、ジャンプ力がありますので、ニホンジカ対策としては高さ2.0メートル以上が必要とされています。
通常、イノシシがいるところにはニホンジカも生息し、逆もしかり。となりますと、理想の防獣柵は【高さ2.0メートル以上の金属柵】で、かつ、【地中にも0.3メートル以上埋め込むか、L字型に地面に0.5メートル幅に敷く(または斜めに立てかける)】となります。
しかし、その通りに設置するのはコストも手間も大変ですから、しばしば高さ不足な防獣柵を見かけます。しかしそれでは防獣効果は十分ではありません。高さ1メートル程度では、シカは簡単に飛び越えてしまいます。
それだけではありません。ときには↓下のような↓事故も。シカは逃れようともがいた後、衰弱してじわじわ死ぬという地獄を味わうことになります。後処理をする人間にとってもとても嫌な作業となります。
※なぜこのシカさんが逃れられなかったのかがわかる写真をご覧になりたい方はこちらをクリックしてください(閲覧注意:モザイク無し)。
さらに。
人間が柵内で作業中に動物が侵入する場合だってあります。人間はその動物を追い出そうと追いまわしてしまいがちで、しかし柵で囲まれていれば動物も簡単に脱走することはできませんから、非常なパニック状態に陥ってしまいます。最悪、人と動物が衝突して、イノシシの牙や雄鹿の角で大怪我を負ったり、最悪は死亡することさえあります。(実例:2024年10月10日、福知山市でのシカ角による死亡事故、等)。
防獣柵を設置する場合は、防ぎたい動物の特徴を研究し、最適な柵を設置してください。
※《毛沢東のスズメ》
毛沢東は「四害駆除運動」なるものを実施し、トブネズミ1億5000万匹、蚊1100万kg、ハエ10万キロのハエ、それから、「穀物を食べる害鳥」スズメ1億羽を殺害しました。 その結果は?
イナゴの大群があらわれ、大暴れ。 大飢饉で1500万人が飢餓常態におちいるという大災害になってしまったのです。
詳細はこちらをご覧ください↓
「プレジデント・オンライン」
1500万人以上が飢餓で死んだ…毛沢東の指示で「1億羽のスズメを一斉駆除」した中国で起きたこと
世紀の愚策と評される「四害駆除運動」の末路
https://president.jp/articles/-/72103
おすすめ書籍
防獣柵について興味のある方はこちらの本もどうぞ。昔の百姓たちがどれほど苦労したか、よくわかる本です。
昔の獣害のひどさと、百姓たちの必死さが克明に描かれた小説。
野生動物ではありませんが、外で暮らす猫達について。【Spay Vets Japan スペイ ベッツ ジャパン】公式サイトに、 「野外で生息する猫の個体数管理は、 殺処分よりも「的を絞ったTNR」の方が 比較にならないほどの功績を残している」という報告が載っています。殺すより、増えない・増やさない工夫の方がはるかに効果的。殺せばよいなんて前時代的な発想は止めてほしいものです。
“An Inconvenient Truth: Targeted TNR Enjoys a Track Record Unmatched – by Lethal Methods for Managing Free-Roaming”
by CatsPeter J. Wolf , G. Robert Weedon 原文はこちら
ところで、上の、柿の木狙いで侵入したツキノワグマが残したもの。
どんだけ柿が好きなんだか。