紫式部の「源氏物語」【和歌】

猫と本

【文献で詠われた猫たち】シリーズ。

紫式部の「源氏物語」

  「源氏物語」にも猫が出てきます。 衛門督・柏木と女三の宮の恋物語の中で、紫式部は猫を巧みに使ってストーリー展開しました。 あらすじや書評は「源氏物語」のページをご参照ください。 以下には該当部分の原文と口語訳を書き出します。

■若菜(下)の帖■

(中略) 東宮に参りたまひて、論なる通ひたまへるところあらむかし、と目とどめて見たてまつるに、にほひやかになどはらなぬ御容貌なれど、さばかりの御ありさま、はた、いとことにて、あてになまめかしくおはします。

  内裏の御猫の、あまたひき連れたりけるはらからどもの所どころに散れて、この宮にも参れるが、いとをかしげにて歩くを見るに、まづ思ひ出でらるれば、「六条院の姫宮の御方にはべる猫こそ、いと見えぬやうなる顔してをかしうはべしか。はつかになむ見たまへし」と啓したまへば、猫わざとらうたくさせたまう御心にて、くはしく問はせたまふ。「唐猫の、ここのに違へるさましてなんはべりし。同じやうなるものなれど、心をかしく人馴れたるはあやしくなつかしきものになむはべる」など、ゆかしく思さるばかり聞こえなしたまふ。

  聞こしめしおきて、桐壺の御方より伝えへて聞くこせたまひければ、まゐらせたまへり。「げに、いとうつくしげなる猫なりけり」と人々興ずるを、衛門督は、尋ねんと思しきりきと御気色を見おきて、日ごろ経て参りたまへり。童なりしより、朱雀院のとり分きて思し使はせたまひしかば、御山住みに後れきこえては、またこの宮にも親しう参り、心寄せきこえたり。御琴など教へきこえたまふとて、「御猫どもあまた集ひはべりにけり。いづら、この見し人は」と尋ねて見つけたまへり。いとらうたくおぼえてかき撫でてゐたり。宮も、「げにをかしきさましたりけり。心なんまだなつき難きは、見馴れぬ人を知るにやあらむ。ここなる猫どもことに劣らずかし」とのたまへば「これは、さるわきまへ心もをさをさはべらぬものなれど、その中にも心賢きは、おのづから魂はべらむかし」など聞こえて「まさるどもさぶらふめるを、これはしばし賜はりあづからむ」と申したまふ。心の中に、あながちにをこがましく、かつはおぼゆ。

 つひにこれおを尋ねとりて、夜もあたり近く臥せたまふ。明けたてば、猫のかしづきをして、撫で養ひたまふ。人げ遠かりし心もいとよく馴れて、ともすれば衣の裾にまつはれ、寄り臥し、睦るるを、まめやかにうつくしと思ふ。いといたくながめて、端近く寄り臥したまへるに、来て、ねうねう、といとらうたべになけば、かき撫でて、うたてもすすむかな、とほほ笑まる。

恋ひわぶる人のかたみと手ならせば なれよ何とてなく音ならむ
  これも昔のちぎりにや」

と、顔を見つつのたまへば、いよいよらうたげになくを、懐に入れてながめゐたまへり。御達などは、「あやしくにはかなる猫のときめくかな。かやうなるもの見入れたまはぬ御心に」と、とがめけり。宮より召すにもまゐらせず、とり籠めてこれを語らひたまふ。 (後略)

【口語訳】

 柏木は、東宮に参上され、東宮は女三の宮の異母兄なのだからきっと御顔が似ていらっしゃるだろうと、目を凝らして御覧になると、匂い立つほどというお顔ではないけれど、これほどの御身分の方であれば、やはり、人並みならぬお方であって、気高く優雅でいらっしゃる。

 内裏の御猫が産んだ兄弟猫達があちこち貰われていって、この東宮の邸にも貰われて来ていたが、その猫達がとてもかわいらしく歩いている様子をみるにつけ、女三の宮のところにいた猫がまず思い出され、「六条院の姫宮のところにいた猫こそ、他に見たこともないくらいに、可愛い顔をしていました。ちらりと見ただけでございますが」と申し上げられると、東宮は猫をことさら愛されるご性格なので、詳しく聞かれる。柏木は「唐猫で、ここにおります猫達とはまた違った様子でした。猫はどれも似たように見えますけれど、性格が良くて人慣れした子は不思議なくらいに可愛らしく思えるものでございます」などと、相手が興味を感じるように申し上げる。

 話を聞いた東宮は、桐壺の御方を通じて猫を所望され、猫を手に入れられた。「たしかに、とても可愛い猫ですこと」と人々はかわいがる、衛門督柏木は、東宮は猫を欲しそうにしていらしたからきっと手にお入れなさっただろうと、頃合いを見計らって訪問される。柏木がまだ童であった頃から、朱雀院がとりわけ贔屓にしてくださっていたので、御出家されたのちも、この東宮御所には親しく出入りされていたのである。柏木はお琴などを教えて差し上げ、「猫達が多く集まっていますね。どこでしょう、あの時に見た人は」と尋ねて、探し出される。その猫がとても可愛く思えて、愛撫される。東宮も、「なるほど、可愛い猫ですね。まだあまり懐いていないのは、知らない人を見分けるからでしょう。先住猫達も特に見劣りするということはありませんが」と仰るので、柏木は「猫はあまり主人を見分けるということはしないものですけれど、猫の中でも賢い子は、そういう分別も自然と出来るのでしょう」などと申し上げて、「他の猫達も勝るとも劣らぬ猫達ですね。この猫はとりあえず私が預かっておきましょう」と申し上げる。心の中では、我ながらばかばかしいとは思っている。 とうとう猫を手に入れた柏木は、夜もそば近くに寝させる。夜が明ければ世話に明け暮れ、撫でながら育てる。人馴れしていなかった猫も、柏木にはとてもよく馴れて、ともすれば衣の裾にまつわりつき、寄り添って寝たりと懐いてくるのを、柏木は心から可愛いと思う。深く物思いにふけって、縁の端近くに寄り臥しているときに、猫が来て「ねうねう(にゃあにゃあ)」と、かわいらしく鳴けば、抱き寄せて、心はやらせる猫よ、と、ほほ笑まれる。

「恋ひわぶる人のかたみと手ならせば なれよ何とてなく音ならむ
(恋しい人の形見と思って手なづけていれば、猫さんよ、なんという鳴き方をするのだ) 
これも前世からの因縁だろうか」

と、猫の顔をのぞき込んで仰れば、ますますかわいらしく鳴くので、懐に入れて感じ入っていおられる。女房たちは、「変ねえ、なぜ急に猫をかわいがるようになられたのかしら。今までは猫にご興味がある方ではなかったのに」と不審がる。東宮から返還の催促があってもお返しせず、猫と語りあっておられる。

紫式部について

 むらさきしきぶ。 平安時代(973年?~1014年?) 藤原為時の娘、本名は不明。中古三十六歌仙の一人。藤原宣孝と結婚、大弐三位の賢子を出産後、夫と死別、一条天皇の中宮彰子に仕える。

参考文献

  • 小学館・日本古典文学全集 『源氏物語全六巻』  校注・訳 阿部秋生、秋山虔、今井源衛  *底本には、大島氏旧蔵、平安博物館所蔵の飛鳥井雅康筆写本(通称大島本)が用いられています。
  • 「新・源氏物語必携 」 秋山虔・編 學燈社

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