拾得（じっとく）【漢詩、唐時代】

【文献で詠われた猫たち】シリーズ。

『拾得詩』より猫と虎が出てくる漢詩

久須本文雄『座右版　寒山拾得』（講談社、ISBN：9784062072939）より、唐代の伝説的人物・拾得が遺したといわれる漢詩五十数首のうち、猫や虎が出てくるものです。

いずれも、「猫・虎」の字が使われているという程度であり、猫や虎を歌ったものではありません。

若し老鼠を捉うることを解せば

若解捉老鼠
不在五白猫
若能悟理性
那由錦繍包
真珠入席袋
佛性止蓬茅
一群取相漢
用意総無交

（『拾得詩』二四番目）

【書き下し文】

若（も）し老鼠（そ）を捉（とら）うることを解せば
五白の猫に在（あ）らず
若し能（よ）く理性（りしょう）を悟れば
那（な）んぞ錦繍（きんしゅう）の包に由（よ）らん
真珠席袋（せきたい）に入り
仏性蓬茅（ほうぼう）に止まる
一群の取相（しゅそう）の漢
意を用うるも総て交わる無し

【意味】

もしも鼠を捕えることがわかっておれば、別に五白の猫がおらなくともよい。もしも不変の本性を悟る事ができれば、錦の刺繍をした立派な物に包むことはいらない。真珠は粗末な藁づつみに入っていても真珠であるし、仏性はわらぶきの粗末な家にあっても仏性である。一群の形に執着する奴らには、心を配っても全く通じない。
《脚注》
五白の猫＝五白とはネオの異名か呼び名か、または鼻と四肢の白いのをいうのか不詳。『寒山詩闡堤記聞』には「韓退之が蘆同に寄す詩に、立ちどころに賊曹を召し五白を呼ぶ。尽く鼠輩を取る。諸市に屍す」を引く。
久須本文雄『座右版　寒山拾得』講談社　ISBN：9784062072939 page508

笑う可きは是れ林泉

可笑是林泉
数里少人煙
雲従巌嶂起
瀑布水潺潺
猿啼唱道曲
虎嘯出人間
松風清颯颯
鳥語聲關關
獨歩繞石澗
孤陟上峰巒
時坐盤陀石
偃仰攀蘿沿
遥望城隍處
唯聞鬧喧喧

（『拾得詩』四八番目）

【書き下し文】

笑う可きは是れ林泉
数里人煙少（まれ）なり
雲は巌嶂（がんしょう）従（よ）り起り
瀑布水潺潺（せんせん）たり
猿啼（な）きて道曲を唱（うた）い
虎嘯（うそぶ）きて人間（じんかん）を出づ
松風清くして颯颯（さつさつ）
鳥語声は関関たり
独り歩みて石澗（かん）を繞（めぐ）り
孤（ひと）り陟（のぼ）りて峰巒（らん）に上る
時に盤陀（ばんだ）の石に坐り
偃仰（えんぎょう）して蘿沿（らえん）に攀（よ）ず
遥かに城隍の処を望めば
唯だ鬧（さわ）がしくして喧喧（けんけん）たるを聞く

【意味】

味わいのあるのはこの庭園で、ここ数里ほどは人家が無い。雲は高く険しい山から湧き上がり、滝の音はさらさらと音をたてている。猿は道歌をうたうように鳴いており、虎は人里離れて吼えている。松風はさわやかに吹きわたり、鳥の声はのどかである。独りで岩のある谷川をめぐり歩き、またただ独り連山をめざして登って行く。時折り平かでない石の上に坐ったり、また伏し仰ぎながらかずらのある川岸をよじ登って行く。城の空堀の所を遠くに眺めると、ただやかましく騒ぐ声が聞こえてくるばかり。
久須本文雄『座右版　寒山拾得』講談社　ISBN：9784062072939 page 534

拾得について

拾得は、唐の時代に、天台山（浙江省天台県にある霊山）の国清禅寺の食堂係でした。豊干禅師に拾われた捨て子だったといわれ、近くの寒巌から寒山が来ると、残飯などをいれた竹筒を与えていたといわれています。

拾得詩は版によって48～55首が残っていますが、食事係なだけあって、うち６首が肉食を戒めるものです。

寒山・拾得、及び、師とされる豊干は、絵画の題材として好まれました。寒山が巻物を、拾得が箒を手にしている構図が有名です。拾得を拾ったといわれる豊干は、山で虎の子も拾ってきていて、立派に育った虎と一緒に描かれることが多いです。

なお、拾得については、以下のような説も。

人物とせず、『詩集』に漏れているものを「拾いとる」、すなわち拾得したという意味で、「拾得詩」と呼ばれていたともいえる。漏れたものを拾い補う場合の拾遺と同じ意味である。『寒山詩集』の「拾得詩」も蓋しそのようなものであるかもわからない。
久須本文雄『座右版　寒山拾得』講談社　ISBN：9784062072939 page 20

私（nekohon）としましては、孤独な寒山と、その唯一の心の友だったらしい拾得、二人そろって実在の人物だったことを願います。