獣医なんて大嫌いにゃ!

田舎暮らしは快適だが、 もちろん不便なこともある。 そのひとつが獣医さん。

なにしろ遠い。 うちから最寄りの動物病院まで、片道30km近くある。 私の運転で、猫達が山道に酔わないように気を付けて、 夏で45分、積雪時は1時間半近くもかかることさえある。 別の動物病院となると、さらに数キロも走らなければならない。 しかもいずれも小さな個人病院。 獣医さんひとりに助手というような、こじんまりとした病院だ。

いくら遠くても、動物が複数いれば頻繁に通うことになる。 犬はよろしい。 ラムは喜んで車に乗り、喜んでドライブし、 喜んで診察台に上がって、獣医さんの顔を舐めて喜んでいる。 脳天気で人間大好きな犬なのだ。 ウサギ達は、余程のことがない限り病院へはいかない。 もし行くときは余程の重体か瀕死の重傷の時くらいだ。

問題はもちろん、猫達なのである。

ちびまる太

バラバラと保護した猫達、ワクチン時期もバラバラで 年3~4回はいかなくてはならない。 その上、やれ爪が折れただの、結膜炎だの、 怪我だの、頻尿だの、口が腫れているだのと、 何かと獣医と縁が切れないのだ。

さらに加えて年に1回はなぜか猫を保護する。 保護したらまず健康診断、保護猫の場合、ほぼ100%なんらかの治療が必要となる。 多いのが寄生虫と猫風邪、それから結膜炎。 皮膚病も珍しくない。 FIV+FelV検査もしなくてはならない。

それやこれやで・・・ 年に何回も猫を連れて片道45分を運転することになる。

さて、うちの7ニャン達。 いつもの生活の中では、ちびまる太が一番寡黙だ。 この子は滅多に鳴かない。 子猫時代から、大好きな猫缶を見たときに一声「にゃ・・」とつぶやく程度で ほとんど鳴くことがなかった。

今でも無口な男を通している。 長男のレオは「ミャアミャア」とおしゃべりだし、 次男のトロは「んんんなぁぁぁぁぁんんん」とか 「おわぁ、おわぁ」とかよく独り言を言っているのに対し 三男のちびまる太は本当に静かなのである。 抱いて欲しいときも、黙ってそっと横に立つ。 たは無言で額をすりつける。 しつこく抱きしめると、無言で抵抗する。 チャトランなら「みぎゃ、にゃおっ、グルグル」と嫌がり みけなら「うにゃああ」と逃げるが ちびまる太は何も言わない。

そのちびまる太が、唯一声を張り上げるとき。 それが獣医さんへ行くときなのである。

ちびまる太をキャリーに入れる。 早くも
「にゃ?にゃ!!」
と鳴き始める。 車に乗せると動く前から
「にゃあ!にゃあ!」
と声が大きくなる。 そして、いざ動き出すと
「にゃおーん!!!にゃおーん!!!にゃおーん!!!」
と それは必死な大声で鳴き始めるのだ。 獣医さんまで45分。 その間ずっと
「にゃおーん!!!にゃおーん!!!にゃおーん!!!」
一定のリズム、一定の発音で、大声で鳴き続けるのだ。

が、 普段は滅多に声を出さない子である。 出したときでも「・・・にゃ・・・」と ぽそりとつぶやくだけの子である。 発声練習もなしに、いきなりの大声。

20分も鳴き続ければ、当然疲れてくる。
「にゃおーん!!!にゃおーん!!!・・・ハァハァ・・・にゃごっ!」
と、途中で呼吸音が混ざるようになる。

さらに10分すると
「にゃおっ!ハァハァ!にゃ、にゃおーん!!にゃおーん!!!ゼィゼィ」
と、リズムが崩れだし、 明らかに肩で息をしているような鳴き方になってくる。 可哀想だが、おかしくもある。 つい助手席のちびまる太に
「だからぁ。そんなに鳴かなくて良いの。大人しくしなさい」
などと私が声をかけようものなら
「にゃおっっっっっ!にゃおーーーん!!!ゼィゼィゼィ!にゃおーーーー!!」
ますます声を張り上げるが、ますます苦しそうだ。

そんなときは、実は鼻の頭がビチョビチョに濡れているのである。 唾を飛ばして鳴いているのか、鼻水を垂らしながら鳴いているのか、 いずれにせよ、男の子として少々みっともない。

ようやく獣医さんに着いて、車からキャリーを降ろしても、 ちびまる太はまだ鳴き続ける。 この辺が他の猫達と違う。 レオやチャトランやトロも車中では鳴くが、車から降りれば黙るのだ。ちびまる太は鳴きやまない。 声は小さくなるものの
「にゃおーーん!にゃおーーん!にゃおーーん!」と
相変わらず不安げに鳴いている。

さて診察の順番が来て、 それからもまた大変なのである。

まず、キャリーから出ない。 四肢を踏ん張り爪を立てて抵抗する。 キャリーの横の扉からは出せないので いつもキャリーを半解体して引きはがすように出す。

すると、今度は私にしがみつくのだ。 6キロの男の子のくせその立派な爪でガッシとしがみついて どうにもこうにも降りてくれない。 体重測定は診察台に乗ってくれないと測れないのだが 手を1本ひきはがせば2本の足で、 足を1本引きはがせば両手でと、それはもう とりもちのように引っ付いてはなれない。 私、獣医さん、獣医さんの奥さんの3人がかりで 爪を一本一本ひきはがしどうにかこうにか体重測定するまでに、 一汗も二汗もかいてしまう。

ちびまる太が診察台に乗っているのは、この体重測定の間だけである。 すぐにまた私によじ登ってしまうので 体温測定もワクチンも抱かれたままやってもらう。これも簡単ではない。 先生から逃げようしがみついたまま私の体を平行移動するからだ。 まずは背中に回り込む。 私が体を回転させると、今度はお腹に移動する。 私は診察室の中でくるくるバレリーナのように回転しなければならない。

どうにかこうにか診察が終わっても、また一仕事が残っている。 そう、ちびまる太を私から引きはがし、キャリーに入れる仕事だ。 私は6キロの猫を体に貼り付けたまま45分も運転する気はないからだ。 なんとしてでもキャリーに戻ってもらわないとならない。

で、また人間3人がかりで引きはがし、キャリーに押し込める。 ありがたいのは、ちびまる太が全然攻撃的でないことだ。 もしこれが攻撃的な猫だったらとてもじゃないが 人間は誰一人無事でいられないだろう。

こうして、やっとこさ、帰途につくのだが、・・・

またちびまる太の大鳴きが始まるのである。
「にゃおーん!!!にゃおーん!!にゃおーん!!!」
信号待ちで止まっていると、道行く人がみな振り返るくらいの大声で鳴く。

が。

いつもは寡黙なちびまる太。 無言の毎日を過ごしているちびまる太。

往復2時間近い泣き叫びに、ちびまる太の喉は耐えられない。 家を出たときは
「にゃおーん!!!」
だったのが、次第次第に
「にゃごーん!!」
と濁りだし、
家に着く頃にはすっかり声が嗄れて
「じゃご~ん!じゃご~ん!じゃご~ん!」
と、それは哀れなだみ声に成り果ててしまう。

こんな有様だから、ちびまる太を獣医さんに連れて行くのは 余程のことがない限り御免被りたいのだ。

しかし、あれほど騒いだちびまる太、 家に帰るとケロリとしているのがいつも不思議である。

ちびまる太