ファイル5:世にも珍しい猫の謎

名探偵・麗尾智美矢五郎(レオち みゃごろう)の事件簿シリーズ

あるうわさが猫社会に広まりました。

「聞いた?珍しい猫が出たんだって」
「誰から聞いたの?」
「パパ。お風呂場に出たらしいよ」
「猫のくせにお風呂場?」
「そうだって。なんでも頭洗っていて、ふと振り向いたら、うしろにいたんだって」
「で、どんな珍しい猫にゃの?」
「それがね、大きな雄の三毛猫らしい」
「ええ---っ!!!」

猫たちは皆びっくりしました。

猫の毛色には不思議な法則があります。 三毛猫はすべて雌、という法則です。 人間はその理由を科学的に解明したようですけれど、 猫たちにはそんな遺伝学上のしくみはわかりません。 ですが、猫でさえあれば、どの猫も生まれながらにして知っているんです。 三毛猫は全部雌だということを。

レオ、みけ、おつう

ところが、世の中にはすべて例外というものがあり、 ごくまれに、雄の三毛猫が生まれることがあります。 昔の日本では、雄の三毛猫は船の守り神として 非常に珍重されました。 今でも、好事家の間では、雄の三毛猫は大変な人気です。 神様の悪戯、遺伝子の悪戯で、大金を積んでも見つからない貴重な存在だからです。

それほど貴重で珍しい雄の三毛猫。 それを見たというのですから、これはニュースです。

「どんな猫だったんでしょうね?」
「普通の猫とはやっぱりどこか違うにゃ?」
「 アタシも会ってみたかったなあ」
「ボクも」

猫たちは色々と噂しながら、家中を探し回りましたが、 雄の三毛猫はもうどこにもいませんでした。 狭い家の中を7匹もの猫たちが探しまわったら どんな隠れ場所に潜んでいたって あっという間に見つかってしまうはずなんですけどね。

「もういにゃいのかなあ」
「雄の三毛猫なら、里親募集すれば、すぐに決まるにゃんね」
「それにしても早すぎるにゃん」

猫たちはちょっとがっかりしました。

ひとり、名探偵・麗尾智美矢五郎だけは、なんか変だと思いました。 なぜなら、新しい猫を保護した場合は、お風呂場ではなく、 いつもはまずケージにいれるからです。 第一、知らない大きな猫が家の中に入ってきて、 めざとい麗尾智探偵が気が付かないなんて、 そんなことあるはずありません。

「この謎は解かなければ気が済まない。」
麗尾智探偵は、まずはママに直接聞くのが一番早いと思いました。

が、問題は、麗尾智探偵は人語を完璧に理解できるが、かなしいかな猫の身では 人語を話すことは出来ないということです。 ママはいくら猫好きでも、愚かなニンゲンですから、猫語を理解できません。 何年経っても「ニャー」と「ニャー」と「ニャー」と「ニャー」を聞き分けることが出来ないのです。 呆れるほどの学習能力の無さです。
「ま、ニンゲンは猫よりずっと耳も頭も悪いからニャ」
麗尾智探偵は哀れむようにママを見ながらため息をつきました。

「仕方ない。自分で探すしかないにゃ。まだ家の中にいるかも」

レオ

麗尾智探偵は、探索をはじめました。
「三毛猫というからには、白・茶色・黒の3色の毛皮だよな・・・」

と、ふと、目をあげると、目の前に怪猫トロ面相がいるではありませんか。 怪猫トロ面相は麗尾智探偵に見つかると、慌てて逃げようとしました。

麗尾智探偵は、すかさず怪猫トロ面相をつかまえて、言いました。
「一緒に来い!」

「にゃんだよ~~ボク、にゃにも悪いことしていにゃいよ~」
「いいから、来い!」

怪猫トロ面相をママの前に引っ張っていくと、ニャアと鋭く鳴いてママを呼びました。 ママは振り向くなり、プッと吹き出しました。

「トロちゃん、どうしたのそれは!毛が黒く染まっているじゃない!」
「白髪染めにスリスリしたんだ」と、風呂上がりの同居人が説明しました。
「や~だ、それで黒く染まっちゃったの?それじゃ、白・黒・茶で、まるで三毛猫じゃないの」

ママはタオルでこすりましたが、白髪染めにしっかり染まった 怪猫トロ面相の黒色は、 なかなか落ちません。

「しょーがないなあ。しばらく黒いままでいなさい」

猫

かくて、その後数日の間、怪猫トロ面相は雄の三毛猫に扮していたのでした。 名探偵・麗尾智 美矢五郎は、そんなトロ面相を横目で見ながらつぶやきました。
「今回の騒ぎもやっぱりアイツが犯猫だったにゃ」

ではなぜ、麗尾智探偵は犯猫がトロ面相とすぐにわかったのでしょうか?
「お風呂場で平気で濡れている猫はアイツだけだからにゃ」

雄の三毛猫が少ないわけ

猫も人も、雄になるか雌になるかは、性染色体によって決まります。 性染色体が、X染色体とY染色体を持つ XY型であれば、、雄になります。 X染色体を二つ持つ XX型 であれば、雌になります。

一方、三毛猫になるためには、オレンジ(=茶色)遺伝子が大きくかかわってきます。 オレンジ遺伝子(O)を持っていると、オレンジ色(茶色)が出ます。 非オレンジ遺伝子(o)を持っていると、非オレンジ色(非茶色)、すなわち、黒色などがでます。

そして、このオレンジ遺伝子(Oまたはo)は、性染色体Xの上に存在しています。

雌の場合、XXですから、その上にあるオレンジ遺伝子の形は【 OO,Oo,oo】 の3種類の組み合わせが可能です。【 OO】はオレンジ(茶色)の猫になり、【oo】は黒猫になり、そして【 Oo】は、一部オレンジ一部黒の、つまり、二毛(サビ)になります。

これが三毛猫になるには、さらに白斑遺伝子(SSまたはSs)を持つ必要があります。 白斑遺伝子は性染色体上ではなく、普通の染色体上にあります。 オレンジ遺伝子と白斑遺伝子は別個の遺伝子であり、連動することはありません。

一方、雄の場合はXYですから、雄が持っているオレンジ遺伝子は Oひとつ または oひとつ、 つまり、オレンジ猫(茶トラ)になるか、非オレンジ猫(黒猫など)になるかの、どちらかしかありません。

さて、雄の三毛猫ですが、何かの拍子に、 遺伝子に異常がおきて、XXYという形になることがあります。 この場合、Yを持っているので、その猫の外見は雄になります。 そして毛色は、XXですから、 OO、Oo、 oo の3種類が可能となります。

このXXY猫が、たまたまOoで、さらに白斑遺伝子がSSまたはSsであった場合に限り、 雄の三毛猫というものが出てくることになるのです。

ヒトの場合、XXYは1000人に1人の割合で生まれるそうです。 猫での厳密なデータはないようですが、ヒトよりさらに確率は低く、 3万頭に1頭の割合という説があるそうです。 三毛猫になるには、そのXXY猫が、 さらにOoで且つSSまたはSsでないといけないのですから、 雄の三毛猫がなかなか見られないというのは納得できます。

XXY猫は、繁殖能力はありません。 そのため、よく雄の三毛猫は子供を作れないと言われています。

ところが、もっと厳密な話をすれば、 雄の三毛猫ができる理由として、 XXYという性染色体異常型の他に、 可能性としては、 XYとXY、または、XXとXYの細胞がモザイクになるケースや、 o遺伝子が変異して一部がO遺伝子になる、というケースなどもあり得ます。 これらの性染色体の形はXYと正常なので、繁殖能力はあります。 ですから本当は、雄の三毛猫は絶対に繁殖不能だとは言い切れないのです。 しかしこういう猫が生まれる確率は、XXY猫が生まれる確率よりさらに低く XXY三毛雄より、さらに貴重な存在となります。

ところでもちろん、XXYでOO(またはoo)という猫も存在します。 でもそういう猫は、一見ごく普通の茶トラ雄や黒猫雄に見えてしまうので、 性染色体に異常があるとは、誰も気が付きません。 そのため問題になることもないのです。 ちょっと不公平ですね。

*三毛猫になるかならないかという問題は、実は 上記OやS以外の遺伝子も複雑にかかわってきます。 またX染色体の不活性化という現象も説明しないといけないのですが、 すべてを解説すると非常に長く煩雑になってしまいますので、 O以外の色についての説明は省略させていただきました。 詳細は下記の本をお読みください。 

参考文献:
「三毛猫の遺伝学」 ローラ・グールド 
「ネコと遺伝学 新コロナシリーズ 仁川純一
「ネコの毛並み 毛色多型と分布」 野澤謙

猫

  怪猫トロ面相。そういえば、これも一種の三毛猫状態?

猫

  名探偵・麗尾智 美矢五郎

*この麗尾智 美矢五郎シリーズは、実際にあった話を 思い切り脚色して書いています。

2005.9.22.

名探偵レオ「吾輩に解けぬ謎はにゃい!」