猫・ねこ・ネコ

私の個人的なこだわりかもしれないが、
・「猫」と書いた場合と、
・「ねこ」と書いた場合と、
・「ネコ」と書いた場合とでは、
明らかに受けるイメージが違うような気がする。 少なくとも、私自身は知らぬ間に使い分けている事が多い。

まず、カタカナの「ネコ」。

これは、生物学的にネコに分類された生き物、という感じがする。 イヌでも、ネズミでも、ウマでも、カエルでも、トンボでもない、 ネコという動物。 そのことを強調したい時に、私はネコとカタカナで書く。 ネコの習性、ネコの聴覚、ネコの妊娠期間、ネコのハンティング方法、などなど。 そして、ネコの対はヒトである。これもカタカナで書く。

しかし、私には、どうもネコという動物は、 呼び捨てにしては勿体ないような気がしてならないのである。 そこで、厳密に生物学的な「ネコ」以外の場合に、 しばしば私は「ネコさん」と「さん」をつけてしまう。 「今日、白いネコさんに会いました。」 これは、会ったのはイヌでもウサギでもないから、ネコとカタカナなのだが 誇り高いネコを呼び捨てにもできないので、ネコさんとなるのだ。 そして、ネコさんの対はニンゲンと、これもカタカナになる。

トロとチャトラン

次に、漢字で「猫」と書いた場合。

人間との絡みが出てきた場合に、私は猫と漢字で書く。 あくまで私の勝手な感傷なのだけれど 猫と書くと、かなり人間くさくなるような気がする。 たとえば、リビア砂漠の真ん中にポツンといるのは「ネコ」。 でも「猫」はそんなところには決していない、猫がいるのは 人の膝の上とか、縁側とか、屋根の上。 どうもそんなイメージなのである。

その他、漢熟語の場合も、猫のほうがしっくりくる場合が多い。 犬猫病院、子猫、成猫、猫又、猫談義、化け猫、など。 「猫に小判」「猫も杓子も」などの慣用句も、もちろん 漢字で猫でなければ様にならない。 人間との生活に密着して生まれた言葉だから。

トロの変顔

そして、最後にひらがなの「ねこ」。

ああ、これこそ日本語の妙技だと思う。
 ねこ。
 なんて、ねこらしい字なのだろう。

まず、「ね」の字。 これはもちろん、箱座りしたネコの姿そのものだ。 背中の丸い感じ、ピンとたった耳、折り込んだ前足、しなやかなしっぽ。 すべて「ね」の一文字に表されていないか。

そして、「こ」の字。 これは、ねこをなでる時の、人の手の動きだ。 箱座りしたねこを、ゆっくりとなでる人の手。

ね、こ。

ねこ。

私が「ねこ」とひらがなで書く場合は、 そのネコに特別な感情を持っている現れである場合が多い。

その代表が、「うちのねこ」。 うちのねこは、誰がなんと言おうと、世界中で一番かわいい。 だから、ネコでも猫でもない、ねこと書いてしまう。 ねこ、と書きながら、箱座りしている背中をなでる時の手のぬくもりを感じている。 ひらがなでなければ絶対にあらわせない、柔らかで暖かいニュアンスだ。

箱座りする猫、レオ

↑「ね」の字に箱座りする猫。 この背中を「こ」の字に撫でて、 「ねこ」が完成する。

さらに、「子猫」、「仔猫」、「小猫」、「こねこ」、「コネコ」、「子ねこ」、「子ネコ」、等々・・・ いずれも少しずつ受ける感じが違う。

「子猫」は普通に、ネコの子供。もっとも一般的な言い方だ。 子犬、子馬などの熟語の他、子ライオンのようにカタカナ語についても全然違和感がない。 私も、普通は「子猫」を使う。

「仔猫」は、私の勝手な想像かもしれないが、「子猫」より幼く頼りない感じがする。 もともと「仔」という漢字には、「こ」という読み方はないらしい。 私が持っている最大の漢和辞典(大修館書店『大漢語林』13938字収録)では、 「仔」の字の読みは「シ」だけ。「仔」から始まる熟語は「仔細」しかあげられていない。 漢字の意味は 『①こまかに。・・(略) ③こ(子)。小さいもの、子供。動物の幼少なるもの。④人を軽んじて呼ぶ時につける言葉』 となっている。

一方、国語辞典で「こねこ」を引くと、『小猫・子猫・仔猫』の3通りの書き方が出ている(講談社『日本語大辞典』)。 「仔猫」という書き方は、かなり一般化しているといって良さそうだ。 特に写真集などに好んで使われているような気がする。

「小猫」、これは読んで字のごとし、小さなネコのことだろう。 「大猫」に対する言葉というイメージ。 これも私の勝手な印象だけれども、大きさ順に並べるとすると、小さい方から 仔猫、子猫、小猫、中猫、猫、大猫、巨猫、だろうか。

「こねこ」は単独で使うよりも「こねこちゃん」って感じですね。 「コネコ」は「こねこ」より少し突き放した感じ。 「子ねこ」は、童話の表紙を思い浮かべてしまう。「猫」という字をまだ知らない子供用の使い方というイメージがある。 「子ネコ」は、生物学的に見て大人ではないまだ子供のネコだという意味。

「こ」という音は、日本人にとって、「子・小」など、小さくて可愛らしいものをイメージさせる音だ。 わずか3シラブルの「こねこ」という言葉の中に2回も「こ」の音を繰り返す「こねこ」という言葉は、 それだけでも、小さくて可愛いものを強くイメージさせる言葉だと思うのだが、どうだろうか。

以上、私の勝手な印象を書かせて頂きました。

{補足:動植物のカタカナ書きについて}
内閣告示第三十二号(昭和21年11月16日)で「動植物の名称はカナ書き」と決められる。 その後、昭和56年10月1日付けで廃止。 しかしカナ書きは習慣として今でも一般化している。

トロとチャトラン