くるみの脱走

シマリスのくるみは、すでに8年以上も一緒に暮らしていますが、人馴れしていません。 うちに来たときから馴れていませんでした。

シマリスを手乗りにするには赤ちゃんの時から人馴れさせないと ダメだという話を聞きますし、 手乗りになっても発情期には気が荒くなり 触れなくなるとも聞いています。 私も強いて馴れさせようとはしませんでした。 ですからいまだに触ったことはほとんどありません。

シマリスケージは、90センチ×60センチのバーベキュー用金網を 組み合わせて作ったものです。 昔は市販のリスケージを使っていたのですが、 運動量の多いシマリスには狭すぎると感じられたので、 このバーベキュー用金網ケージに変えました。 バーベキュー用金網は丈夫だし、網の目が細かいので重宝しています。 色々な大きさがありますので、組み合わせれば、 様々な大きさのケージができあがります。

エサの取り替えなどは、くるみが巣に入っている夜に行います。 くるみも心得たものでそういうときは出てきません。 巣箱の掃除など大がかりな掃除の時は ケージごとお風呂場に持っていってやります。 お風呂場はせまいし隠れるところがないので、 くるみを簡単にケージに追い込めるからです。 戸を閉めれば猫達もはいってこれませんしね。

その夜も、気楽にケージの戸をあけて 水とエサの取り替えをしようとしたのでした。 毎日のことなのですっかり油断していました。

が、・・・

実は、その1週間ほど前に、8年も一緒に暮らしていたつがいのどんぐりが、 他界したばかりだったのでした。 どんぐりとくるみはそれなりに仲の良い夫婦でした。 子リスは生まれませんでしたし、春の発情期には時々喧嘩してましたが、 普段は仲良く一緒に暮らしていたのです。

その大事な相手を、くるみは亡くしたばかりでした。

多分、その為に、いつもと違う精神状態になっていたのだと思います。ケージの戸を開けて、餌皿を取り出そうとした途端に、 くるみが巣箱の中から飛び出しました。 慌ててケージの戸を閉めようとしたのですが、 シマリスのスピードに人間はとてもかないません。 あっと思ったときにはケージから逃げ出し、床の上を走っていました。

猫達がゾワッと興奮するのが見えました。 猫達は、今までずっとくるみを知ってはいましたけれど、 常にケージの中だったのです。 自由に部屋の中を走っているくるみは見たことがありません。 たちまち猫達の好奇心と狩猟本能に火がつき、 全員が駆け寄ってきてしまいました。 背中の毛が総毛立っています。

私は慌てました。

猫達がくるみを捕まえたら大変なことになります。 間違いなく血を見ることになってしまいます。

こうなったらくるみを追いかけるどころではありません。 大急ぎで、まず猫達を捕まえました。 次々に捕まえては、他の部屋に放り込み、閉じこめました。 異常な雰囲気を感じ取ったのか、 猫達はひどく興奮しはじめました。

うちは古い伝統的日本家屋です。 最近の家のように各部屋の密封性は高くありません。 それどころか、障子襖も猫に破られて、小さなリスなら行き来自由です。 さらに、あちこちに、小さな隙間があいているのです。 猫は無理でもリスなら外にだって出られるボロ家です。 その上・・・うちは荷物が異常に多く(全部同居人のものですけれど)、部屋の隅には、段ボール箱その他雑多なものが 、うずたかく積み上がっています。 布団だけでも、なんと8組分あり、押し入れに入りきれずに、 部屋の片隅によせてあるのです。 小さなリスが隠れられる場所は無数にあります。

人慣れしていない、すばしこいリスを、このような家の中で捕獲するのは、 人間業ではほとんど無理でしょう。 猫達を捕まえている間に、早くもくるみの姿を見失っていました。 同居人は部屋の真ん中でオロオロしています。

が。

私は全然心配していませんでした。 だって、うちにはレオがいるのですから!

他の猫達は、くるみが脱走するやいな、捕まえて別室に閉じこめました。 が、レオだけはそのまま部屋に置いておきました。 それどころか、他の猫達を閉め出すと、私はまずレオを抱っこし 空のリスケージを見せて頼みました。

「レオ、くるみが逃げちゃったの。 探してくれる? わかるわね。 くるみを探して欲しいの。 お願いね」

シマリス くるみ

前述のように、うちの中にはリスが逃げ込める隙間は沢山あります。 どこに潜んでしまったのか、我々人間にはもう見当も付かなくなっていました。 しかしヒトにはわからなくてもレオの鋭い感覚なら見つけてくれるに違いないと 私は信じていました。 実際、こうなったらもう、レオにでも頼る以外なかったのです。 あの素早いくるみを、鈍い人間である私達が捕まえるなんて、どう考えても無理ですから。

レオは歴としたネコですが、レオを保護した当時、うちはハムスターの館でした。 20匹近いハムスター達がいました。 猫のレオはハムスターを虐めてはいけないということを、その優れた知能でたちまち学習してくれました。 バッタやクモは捕獲してしまいますけれど、ハムスターには手を出さないのです。 ずっとその動きを目で追い、時には、爪を引っ込めたままの手でチョイチョイと触りますが、 一度も傷つけたことはありません。

くるみはシマリスですけれど、ハムスターと同じ齧歯類です。 レオがうちに来たときから一緒に育ったいわば仲間です。 ハムスターを傷つけたことのないレオが、 長年一緒に暮らしてきたくるみを傷つけるとは思えません。 少なくとも、私はレオを信じて安心していました。 他の猫は信用できませんが、レオに限って大丈夫だと確信していました。

と同時に、レオの手を借りない限り、くるみを見つけ捕獲するのは不可能であることも よく知っていました。

同居人の方はそこまでレオを信じていません。 自分たちがなんとかしなければとあせりまくっています。 レオは、そんな同居人をあざ笑うかのように 部屋の真ん中で寝そべってしまいました。 私はレオに注意しながらも、虫取り網と懐中電灯を持って、あちこちを覗いていました。 レオはそんな私を気のなさそうに見つめていました。

くるみは全然見つかりません。 レオも動きません。 それでもレオの耳は動いていましたので 私はレオを信頼して気長に待つ気でした。

一方、同居人の方はますますイライラしてきました。
「レオは全然やる気がない」というのです。
「大丈夫よ。レオなら理解しているはず」
「だめだよ、寝ちゃったよ」
「寝たふりしているだけでしょう」
「他の猫も連れてこよう。これではどこにいるか分からない」
「他の子はくるみを傷つけてしまうからだめ」
「レオだって傷つけるかも」
「レオは特別だもん」

それでも、私ほどレオを信頼していない同居人は不満そうです。 それで、もう1ニャンだけ猫を入れることにしました。 ビクとおつうは野生本能が強いので、くるみを傷つける恐れがあります。 トロならくるみに追いつけないに決まっているから傷つける心配はありませんが、 人間以上に鈍い猫、役立つとは思えません。

色々考えた末、みけに白帆の矢が立ちました。 みけなら、十分に素早いし、狩猟本能も発達していますが、 臆病だからいきなり飛びかかって噛みつくことはないだろうと。

みけをこちらの部屋にいれました。 一応、みけにも言葉で説明はしました。 みけに、リスケージをみせ、くるみを探してくれと頼みました。 でもみけがレオのように人語を解してくれるだろうとは私には期待できませんでした。

案の定、みけもノンキにゴロゴロしているだけでした。

突然、レオが飛び起きました。 一直線に布団の山へいくと、後ろの隙間に頭を半分ねじ込んで シッポをぶんぶんと振り回します。
「レオ、ここの後ろか!?」
慌てた同居人が棒を布団の後ろに差し込みました。 とたんに、レオがいる反対側からくるみが飛び出しました。

レオが身を翻して飛びつきます。 くるみが逃げます。
「レオ、こっちに追ってきて!」と
私は網を持って叫びます。

レオは、飛び跳ねるシマリスをネコならではのすばやさで追いかけます。 くるみも必死で逃げます。
「レオ、こっち!」
私は叫びました。

他の猫なら、くるみの一大危機です。 が、レオなら理解しているはずだと 私は全面的に信用しているのです。

そして、レオは本当に理解していました。 くるみを巧みに私の方へ誘導してきました。 はね回るくるみの先回りをするように、 実にうまく立ち回るのです。 その素早さはいつも寝てばかりのレオとは思えません。 これぞネコの動きというもの。 ホレボレするほど敏捷なのです。

私は網を持って待ちかまえていました。 くるみが私の方へ跳んできました。 が、人間の私にはシマリスは早すぎました。 くるみは私の横をすりぬけ、 また布団の山の後ろに逃げ込んでしまいました。

「ごめん、逃した! レオ、頼む! そっち側を見張っていて! レオだけが頼りなんだから! お願いね!」」
私は網を持って、反対側に陣取りました。

同居人は、初めて見るシマリスのすばしこさに ボウゼンとしてしまったようです。動物に関しては無知な人でしたし、リスケージの掃除どころか、こぼれたヒマワリの種ひとつ拾ってくれたことのない人でしたから。あんな動物を人間が捕まえるのは無理だと ほとんど絶望的になってしまいました。 棒を持ったまま、ウロウロしています。

「そっち側はレオに任せておけば大丈夫だから!」
と、私は叫びました。
「レオなら絶対逃がさないから! その棒を布団の後ろに差し込んで そっとくるみをこちら側に追って!」
私の声に、ようやく同居人もレオを信頼する気になったようです。 というか、レオの手を借りないと、ニンゲンでは絶対に無理だと納得したようです。
「よし、レオ、頼んだぞ」
と棒を取り直しました。 そしてあらためて、くるみが隠れている隙間をのぞき込みました。 もしレオが人語を話せれば、きっとここで
「任しとけ!」
と答えたに違いありません。

答えられなくても、その背中が充分にそう語っていました。 レオは隙間にぴたりと体をよせて、熱心に見張っていました。

同居人がそっと棒を差し込んでいきます。 反対側で、私は網をかまえます。 くるみの姿が見えました。 棒をもう一押し。 くるみが網の中に入りました。 私はしっかりと網を押さえました。

「やったーー!」

こうして、無事、くるみはケージにもどりました。 レオはケージのなかのくるみを確かめるように見つめた後 台所の板の間にごろりと横になりました。 「手伝ったんだから、おやつ頂戴ね」のサインです。

「レオ、ありがとう! さすがレオ! すごい!よくやった!賢いなあ! やっぱレオでなきゃダメ! レオ、一番!日本一!世界一!宇宙一!」
と、レオを褒めまくりながら、山盛りの花カツオをあげました。 いつもはカツオブシはマグネシウムや塩分が心配であまりあげません。 レオは美味しそうにきれいに食べました。

レオが食べ終わったあとで、他の猫達を解放しました。 他の猫達はぞろぞろと戻ってきて
「何かあったらしい」
「にゃんだ、にゃんだ?」と
部屋をウロウロかぎまわりました。 彼らなりに一生懸命、情報収集したようです。

そんな仲間の猫達を尻目に レオはひとり悠然と顔を洗っていました。 レオは本当に賢い猫です。 他の猫達とは格が違うといってよいくらいに賢い猫です。

ところで、・・・

栄誉ある(?)ご指名を受けたもう1匹の猫、 みけちゃんは、どうしていたかと言いますと。

くるみが走り出すや否や、あわてて冷蔵庫の上に避難し、 安全な場所で一部始終を、目を丸くして見物していました。

役に立たない奴め!(笑)

猫 レオ

 

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